大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和42年(し)78号 決定

申立人

吉川貴金属宝石株式会社

右代表者代表取締役

勝田輝昭

右の者の申立にかかる捜索差押許可の裁判の取消並びに差押処分の取消を求める準抗告事件について、昭和四二年一二月五日東京地方裁判所がした準抗告棄却決定に対し、申立人の代理人から特別抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

申立人の代理人弁護士斉藤一好、同徳満春彦の抗告申立の理由は、別紙のとおりである。

職権により調査すると、本件準抗告申立の趣旨は、申立人に対する物品税法違反嫌疑事件について、昭和四二年九月二一日台東簡易裁判所裁判官がした捜索差押許可状五通による各差押許可の裁判の取消、ならびに下谷税務署収税官吏が右捜索差押許可状五通のうちの四通により同月二三日にした各差押処分の取消を求めるというにある。すなわち、本件準抗告は、国税犯則取締法二条の規定に基づき裁判官がした差押の許可、ならびにこれにより収税官吏がした差押処分に対する各不服申立につきそれぞれ刑訴法四二九条、四三〇条の規定が準用されることを前提とし、申し立てられたものである。そして、記録によれば、申立人主張のとおり捜索差押許可状の発付ならびに差押のあつた事実を認めることができる。そこで、国税犯則取締法二条に基づき収税官吏の請求により裁判官のした差押の許可に対する不服申立について刑訴法四二九条が準用されるかどうか、また、収税官吏のした差押処分に対する不服申立について同法四三〇条が準用されるかどうか、の二点について考察する必要がある。

まず、国税犯則取締法二条は、収税官吏は、犯則事件を調査するため必要があるときは、その所属官署の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所の裁判官の許可を得て臨検、捜索または差押をすることができるものと定めている。(一)この裁判官の許可は、往々、許可の裁判または許可状発付の裁判と称されるが、しかし、裁判所または裁判官が訴訟の当事者に宛てて行なう訴訟法上の通常の意義における裁判ではなく、職務上の独立を有する裁判官が、公正な立場において、収税官吏の請求に基づき、収税官吏が右の強制処分を実施することが適法であるかどうか等を事前に審査したうえ、これを肯認するときは、許可状を交付することによつてその強制処分を適法に行なうことを得しめるものにほかならない。すなわち、それは、収税官吏に対して強制処分の実施を命ずるものではなく、また、一連の徴税手続の一環としてなされる国家機関相互間の内部的行為にすぎないのであつて、強制処分を受けるべき者に対して直接に効力を及ぼすものではないのである。このような行為については、不服申立に関する明文の規定がないかぎり、独立の不服申立を認めない趣旨と解すべきであり、したがつて、刑訴法四二九条の規定の準用を認めるのは相当でなく、その許可の取消を求める準抗告は不適法というべきである。そし(二)て、このように解しても、右の許可に関して法律上の不服の理由を有する者は、後述のごとく、その許可により実施された強制処分の結果自己の権利が違法に侵害されたことを主張して、行政訴訟により右許可自体の違法を理由としても当該強制処分の取消を求めることができるのであるから、裁判を受ける権利を保障する憲法三二条の規定に違反することはないものといわなければならない。

つぎに、国税反則取締法による国税犯則事件の調査手続は、その内容として収税官吏の質問、検査、領置、臨検、捜索、差押等の行為が認められている点において刑訴法上の被疑事件の捜査手続と類似するところがあり、また、犯則事件は、告発によつて被疑事件に移行し、さらに告発前に得られた資料は、被疑事件の捜査において利用されるものである等の点において、犯則事件の調査手続と被疑事件の捜査手続とはたがいに関連する(三)ところがある。しかし、現行法制上、国税犯則事件調査手続の性質は、一種の行政手続であつて、刑事手続(司法手続)ではないと解すべきである。けだし、国税犯則取締法によれば、国税犯則事件の調査手続は刑訴法上の被疑事件の捜査でないことが明らかであり、ことに間接国税犯則事件については通告処分という行政措置によつて終局することがあり、また、国税犯則事件に関する法令に基づき収税官吏等のする処分に対する不服申立については、それが行政処分であることを前提として、行政事件訴訟法により訴訟を提起するものであるからである。国税犯則取締法二条による収税官吏の差押処分に対する不服申立もまたその例外ではなく、行政事件訴訟法に定める行政事件訴訟の方法によるべきであつて(なお、当裁判所昭和二六年(オ)第五四八号同二八年六月二六日第二小法廷判決、民集七巻六号七六九頁参照。)、これにつき刑訴法四三〇条の規定の準用を認めるべき理由はなく、かかる差押処分の取消を求める準抗告は不適法といわなければならない。

以上に説示したとおり、本件準抗告は、もともと法律上許されないものであつて不適法であり、したがつて、原裁判所が、本件準抗告を適法と解し、申立について判断を加えたうえ理由がないとしてこれを棄却したのは誤りであつて、準抗告を不適法として棄却すべきであつたといわなければならない。そして、本件抗告の理由は、本件準抗告が適法であることを前提とするものであるところ、その前提を欠くことになるので、抗告の理由について判断するまでもなく、抗告を棄却すべきである。

よつて、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(石田和外 入江俊郎 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)

代理人弁護士 斎藤一好、同徳満春彦の抗告申立の理由〈省略〉

〈参考〉原決定理由の関係部分

一、本件各差押許可の裁判と差押状況

当裁判所取寄せの一件記録、申立会社代理人提出の疎明資料、下谷税務署長作成の上申書、上申補充書によれば次の事実が認められる。すなわち、昭和四二年九月二一日下谷税務署収税官吏安藤敏雄は申立会社である吉川貴金属宝石株式会社に対する物品税法違反けん疑に関し同会社建物、同会社代表取締役勝田輝昭方、取締役吉川弘方、同茅原信良方および従業員吉川卓治方において捜索差押をするため、けん疑事実の概要を「吉川貴金属宝石株式会社は貴金属宝石類の販売を業としているところ、(一)昭和四二年四月二七日当時同会社販売場において所持していた物品税課税物品であるプラチナ台ダイヤ入指輪他四一点(価格一四、四七一、〇〇〇円)を制規帳簿に記載せず、(二)昭和四一年二月一日から同四二年八月八日までの間に前記販売場において現金で販売した物品税課税物品であるプラチナ台ダイヤ入指輪他二六五点(価格八、一二〇、七〇〇円)についてその販売先の住所、氏名を制規帳簿に記載しないでこれが取引事実を隠ぺいし、もつて物品税法三六条の規定に違反したものである。」として、疎明資料を添えて台東簡易裁判所裁判官に対し捜索差押許可状の発付を求めたので、同日、同裁判所裁判官鈴木恒は国税犯則取締法二条に基づき、犯則けん疑者を「吉川貴金属宝石株式会社」、犯則事件名「物品税法違反」、差押物件「吉川貴金属宝石株式会社の物品税法違反けん疑事件に関する帳簿、書類、伝票、メモ、手帳」とする捜索差押許可状五通(捜索場所毎に各一通)を発付した。そして同月二三日収税官吏丸重鉱一らは右許可状によりそれぞれの場所の捜索を行なつた結果茅原信良方を除く四ケ所において、同年一〇月二三日付準抗告申立書添付の差押目録記載の物件(目録第一の申立会社における一七七項目六〇四点、目録第二の吉川卓治方における四項目四点、目録第三の勝田輝昭方における六項目八点、目録第四の吉川豊弘方における一六項目六五点、以上合計二〇三項目六八一点)をそれぞれ差押え、その中から後に別紙還付物件一覧表記載の二一項目六四点の物件については差押を解除されて還付されたが、その余の物件についてはいずれも差押は現に継続中のものである。

(もつとも差押目録第一の申立会社における差押物件のうち番号五二、五八、五九、六〇、六九、七二の物件合計一四点は申立会社からの請求により日常業務上特に必要とみなされて返還され、現在申立会社において原状不変更を条件として保管を命ぜられているものである。)

二、本件準抗告の適法性について

本件捜索差押許可状はいずれも国税犯則取締法(以下単に国犯法と略称する。)二条により裁判官が発付したものであるが、この差押許可の裁判および許可状に基づき収税官吏の行つた差押処分に対して準抗告の申立が許されるものであるかどうかについて案ずるに、国犯法二条が定められたのは憲法三五条の趣旨に則り収税官吏は裁判官の発する令状によつてのみ私人の住居等に立入り、国税犯則事件の調査のため捜索差押をすることができるものとして、国民の基本的人権を保障しようとしたものであることは明瞭であるところ、同じように捜索差押についての令状主義を規定して私人の基本的人権を保障している刑事訴訟法(以下刑訴法と略称する。)においては、その四二九条に押収又は押収物の還付に関する裁判に不服がある者は一定の裁判所にその裁判の取消又は変更を請求することができる旨を、さらに同法四三〇条は検察官、検察事務官又は司法警察職員がした押収若しくは押収物の還付に関する処分に不服がある者は一定の裁判所にその処分の取消変更を請求することができる旨を定めて救済の途を聞いているのにかかわらず、国犯法には何らこれに類する規定がないため果して準抗告が許されるかどうかについて若干の疑問が生ずることは免れ難いところである。

そして、これを否定する考え方は、(1)国犯法には準抗告についての規定がなく、却つて同法一八条は犯則事件を告発した場合には差押物件等を検察官に引継ぐべきことおよび引継があつたときは当該物件は検察官が刑訴法の規定により押収したものとする(従つて反面解釈として引継前は刑訴法の規定による押収ではないことになる。)旨の規定があること、(2)国犯法による収税官吏の行なう犯則事件の調査手続の性格が司法警察職員の行なう刑事手続とは異なるのみでなく、特に間接国税については通告処分の制度があつて、犯則者が任意に履行すれば犯則事件は終了してしまうもので、実際上も間接国税犯則事件の九〇パーセント以上が告発を待たずに処理せられてしまう点からも行政処分の性質を有するとみるべきこと、(3)国犯法上の押収又は押収物件の還付に関する収税官吏の処分に付する不服申立方法としては行政事件訴訟法による行政訴訟および執行停止の途が開かれているからそれ以上に準抗告を認める必要がないことなどを根拠としていると思われる。

しかしながら、(一)国犯法が収税官吏の犯則事件調査のための捜索差押につき特に裁判官の許可にかからしめた所以が国民の基本的人権を保障せんとしたことにある以上はその裁判に不服があつてその取消、変更を求めんとする者がある場合に不服申立の途を途絶することはいかにも不自然であつて(令状主義を定めたことだけでも司法的抑制の目的は達成されるからその裁判に対する不服申立の途までを開くことは必ずしも必要ではないという見解もあり得るけれども、捜索差押ということは私人の権利に対する国家権力の重大な侵害であるから令状裁判自体の瑕疵に対する適切な救済の途がなくしては国家権力の行使に対する基本的人権の保障があつたとは到底言い難いのであり、さればこそ刑訴法四二九条は準抗告という迅速な不服申立方法を定めたのである。)、むしろ性質上類似した刑訴法四二九条の準抗告の規定の準用を認めるのが相当であるということも考えられ、このことは直接国税事件について告発のあつた場合は勿論、間接国税事件について通告処分が履行せられずして告発が行われた場合にも告発後においては当然準抗告が許される(国犯法一八条の解釈)ことから見ても当然であると言うべきである。なぜならば捜索差押を受ける者の立場からは刑訴法によるものであろうと国犯法によるものであろうと私人の権利の侵害である点では全く差異はないのであるから、ひとしく憲法の趣旨に従つて保護を受けるべきものであるからである。

(二)次に国犯法による犯則事件調査手続の性格についてみると、まず直接国税に関する犯則事件調査はもつぱら告発を目的として行われ、調査の結果収税官吏が犯則ありと思料するときは告発の手続をとらなければならず、告発により検察官に差押物件が引継がれることになり、しかも該物件は検察官が刑訴法の規定により押収した物とされることからみても実体においては刑事手続と異なるところはないと言わなければならない。ところで間接国税の犯則事件に関しては通告処分制度が存在するからその調査はなるほど行政手続的性格を持つように思われる節もないではないが、その点については直接税事犯の場合をも通じて総合的、統一的に考えなければならないのであつて、元来税法犯は時代の変遷によりその社会的、法律的評価を異にしてきたものであるところ、国民の納税義務が重視せられる現在においては直接税事犯は勿論、間接税事犯についても悪質なものに対しては懲役刑が規定されて次第に刑事犯的性格を強めてきており、もはや純粋に行政犯とは見られない面があるのである。そうした見地から間接税の通告処分の性格を考えてみるならば、通告処分は罰金等に相当する金額、没収品に該当する物品の納付を犯則者に通告し、その任意の履行により実質的には刑罰権を行使したのと同様の効果を得ようとするものであり、これには公訴時効中断の効果や履行した場合に公訴権消滅の効果も認められ、かつ不履行を契機として告発に発展するものであることからみても通告処分自体が行政庁の行なう一種の科刑手続であつて一定の場合には刑事訴訟手続に移行する手続の一環を構成しているものと言い得るのである。されば通告処分制度があるからといつて間接国税犯則事件の調査について行政手続的性格があることを強調するのは妥当ではないし、間接国税と直接国税とによつてそれぞれその犯則事件調査手続の性格を別異に解する合理的理由もないのである。

(三)否定説は行政訴訟と執行停止の制度により違法な差押処分に対する救済は十分であるとするけれども、行政訴訟は三審の手続を経るため最終の結論が出るまでに長期間を要し急速な救済が得られない欠点があるのみならず、執行停止については差押のように一回的な執行により最終目的が実現せられて完全に完結し何らの継続的な行為を必要としない処分についてそもそも執行停止が可能であるかどうかに疑問があり、仮に原状回復が可能な行政処分については処分の効力の停止が可能であるという説をとるとしても、既に差押によつて収税官吏の占有に移つた物件について処分の効力の停止により原状回復をするとすれば、該物件を被差押人に還付しなければならないことになるけれども、理実の問題としてもし還付することになればほとんど調査不能となつて事件がつぶれてしまい、後に本案において差押処分の適法性が認められたとしても回復できない結果となるから行政庁にとつても却つて不利益であり、準抗告を認める場合にはさような事態が回避されつゝ差押裁判の当否は勿論その執行処分についても迅速かつ確定的に審査が行なわれるのに比較すれば、救済手続としての価値にかなりの差があると言わなければならない。(なお刑訴法を準用して準抗告の申立を許すとなれば、同法四三〇条三項により行政事件訴訟法の適用が排除されることになるが、行政訴訟が排除されても国民には格別の不利益はないと認められるのである。)

これを要するに国犯法二条に基づく差押に対して準抗告が許されるか否かを判断するに当つては、国犯法二条の立法の基礎となつた憲法三五条の令状主義の精神を考え併せて、国税犯則事件調査の便宜とこれによつて自由権、財産権を侵害される私人の不利益を比較衝量した上で正しく論定しなければならないのであるが、刑訴法が刑事手続に関する差押の裁判およびその執行について準抗告による不服申立制度を設けたのはそれにより迅速的確な救済が得られるためであることを考えると、さような救済の必要性が厳密な意味の刑事手続に限られるものではなく国犯法に基づく犯則事件の調査のための差押についも存する以上は準抗告を準用するのが相当であると言うべきである。このことは国犯法に基づく差押が告発を契機として将来刑事手続に移行する可能性があること、従つて告発前においてもさような実質を潜在的に帯有することからみてむしろ当然とも解せられるのであり、この有効適切な方法を途絶して行政訴訟に一切を委ねることはそれが三審制の建前上急速な解決を困難ならしめること、執行停止も前叙の如く効果的に行い得るや否や疑問があること、さらに告発があると改めて準抗告が必要になるかについて疑問があること等に徴しても不適当であるとせざるを得ない。否定説は主として体系的立場を根拠とするものの如くであるが、事の実質を考えかつ国家の行政上の便宜と国民の権利保護という双方の要請の妥当な調和を可及的迅速にはかる立場に立てば自ら準用説に傾かざるを得ない。よつて当裁判所は本件各準抗告の申立は適法であると解する。 〈以下略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例